首页 > 关于我们 > 沿革

沿革

昭和57年(1982年)12月 确定第一次东京都长期计画事业
60年(1985年) 8月 设立东京临海部新交通系统规划委员会(委员长 八十岛义之助)
63年(1988年) 4月 设立东京临海新交通株式会社(总经理 铃木俊一 原东京都知事)
63年(1988年)11月 取得铁路事业执照及轨道事业专利
平成元年(1989年)3月 工程动工
7年(1996年)10月 工程竣工检查(建设省)・铁路设施的检查(运输省)合格
运输开始许可•承认(运输省、建设省),运输开始认可(东京都)、
票价认可(运输省)
7年(1996年)11月 开业(13辆)
8年(1997年) 7月 第一次行车时间表更改(早晚高峰时6分钟车隔,扩大运行时间段)
9年(1998年) 3月 第二次行车时间表更改(早晚高峰时5分钟车隔)
9年(1998年) 6月 第二次车辆增加(2辆)
9年(1998年) 6月 票价调整(对应消费税率的提高)
9年(1998年) 7月 第三次行车时间表更改(早晚高峰时5分钟车隔,扩大运行时段)
10年(1999年) 2月 第三次车辆增加(3辆)
10年(1999年) 3月 第四次行车时间表更改(早晚高峰时4分钟车隔)
月票折扣率提高(通勤36→50%,通学50→70%,次数票9.1→16.7%)
10年(1999年) 4月 公司名称变更(株式会社百合鸥)
11年(2000年) 3月 第五次行车时间表更改(早晚高峰时3分、5分车隔)
第四次车辆增加(3辆)
12年(2001年) 3月 第六次行车时间表更改(星期六白天4分钟车隔、夜间的运行时间缩短)
13年(2002年) 3月 第五次车辆增加(3辆)
新桥车站(本站)开业
第七次行车时间表更改(早晚高峰时3分钟车隔)
13年(2002年) 7月 末班车延长约15分钟
13年(2002年)11月 车体广告招商开始(5辆)
14年(2003年)11月 汐留站开业
14年(2003年)12月 末班车延长约15分钟
17年(2006年)7月 第六次车辆增加(2辆)
18年(2007年)3月 第八次行车时间表更(执行行驶路线延长至丰洲车站的新时间表)
有明-丰洲间延长开业
19年(2008年)8月 成为东京临海控股公司的子公司
23年(2012年)9月 第九次行车时间表更改(早上高峰期3分钟车隔运行时间提前等)

搭乘人数的演变

搭乘人数 1天平均
平成 7年度(1996年) 4,131,782人 27,183人
平成 8年度(1997年) 23,530,815人 64,468人
平成 9年度(1998年) 26,117,137人 71,554人
平成10年度(1999年) 28,541,356人 78,195人
平成11年度(2000年) 35,347,400人 96,577人
平成12年度(2001年) 38,062,278人 104,280人
平成13年度(2002年) 37,810,785人 103,591人
平成14年度(2003年) 36,756,460人 100,703人
平成15年度(2004年) 34,549,622人 94,398人
平成16年度(2005年) 32,404,984人 88,781人
平成17年度(2006年) 31,482,056人 86,252人
平成18年度(2007年) 33,658,469人 92,214人
平成19年度(2008年) 36,178,083人 98,847人
平成20年度(2009年) 37,659,619人 103,177人
平成21年度(2010年) 38,862,776人 106,473人
平成22年度(2011年) 36,541,208人 100,113人
平成23年度(2012年) 35,000,016人 95,628人
平成24年度(2013年) 39,380,688人 107,892人

一天最多搭乘人数

顺位 日期 乗車人数 举办活动
第一名 平成16年(2004年)8月14日(星期六) 276,372人 东京湾烟火大会
第二名 平成21年(2009年)8月14日(星期五) 270,259人 东京湾烟火大会丶同人志即卖会
第三名 平成24年(2012年) 8月11日(星期六) 252,720人 东京湾烟火大会丶同人志即卖会
第四名 平成14年(2002年) 8月10日(星期六) 250,216人 东京湾烟火大会
第五名 平成21年(2009年)8月14日(星期五) 247,993人 同人志即卖会丶高达计画